北浦発たなご通信3〔あすか釣狂人〕


 某テレビが、粋とタナゴ釣りをテーマにした番組を放送したモンだから「粋」って何だ

・・・?という妙な質間が店や友人を介して寄せられるようになった。

所詮、「粋」なんてもンはスーパーの特売品のPOPみたいに、目立てばイイ!とばかり

にベタベタところかまわず貼り出すようなものじゃないし、逆にわかる人だけが解れば、

それで十分・・・粋の世界はヘソまがり、良く言えば個性の強い人か、軽い素養と若干の

浪費を重ねた末に見えてくるもの・・・だからこそ「簡単に解ってたまるか」というよう

な狭義の世界にある美学なのであります。

 「江戸の粋」・・・ズバリ一言で言うなら、「権力に媚びない反骨精神の中にある、少

しだけ贅沢な美学」・・・??。「なにが一言だぇ!かえって解らない」なんてブーイン

グの嵐か聞こえてきそうです。

粋の世界がたいして広くない川向こうにあったとすると、こちら側には粋じゃない世界が

あるわけだから、こちら側を説明したほうが結果として粋の世界が解ってもらえそうな気

がしています。

 トレンド・拝金主義・一過性の流行り・ブランド信仰・経済性・便利性・機能性・仲間

意識などといった商品開発のキーワードになりそうなものがこちら側だとすれば、そうい

うものを一切否定し尚かつ、洒落・否生産的・マイナーなんてものか重要ファクターにな

る世界が川向こうの粋であろう。世評とか金銭的評価などというものを全く無視できるだ

けの自我と精神的なゆとりを持った人でないと、江戸の粋の世界であそぶことは難しいの

かもしれない。なんて書くと、どことなく高尚な趣味を連想しそうだが、元来、江戸の庶

民階級の「こころいき」から始まった文化だから、そんな高尚な世界である筈がない。

要は「一見、無価値無用なもの」に価値観を見いだし、その価値観を更に洗練されたもの

にするために時間と金をかけて遊ぶ世界が「江戸の粋」なのである。

だから、金銀宝石をちりばめた豪華なものとか誰もが知っている高価な有名ブランド品、

更に機能とか性能を前面にだした工業製品などは、「粋」とは別の次元のモノになるので

ある・・・・そして、一番肝心なことは、「粋」はこれ見よがしにチラせかせるものでは

なく「さりげなく」が、絶対的なキーワードになると信じて疑わない。

 「江戸の粋」を育てるだけの反骨精神とゆとりのある階級が存在したからこそ、漁を目

的としない「たなご釣り」が文化文政時代に華ひらいたのであり、釣り味をより楽しむた

めに工夫された竿が、柔らかい性質を持つ白いクジラのヒゲを穂先に用いたタナゴ竿や3

本仕舞いのタナゴ竿である。この時代を代表する文化人でもありタナゴ師でもあった喜多

村信節が、タナゴ釣りの道具を称して「小さくて軽ろきが佳し」などという名言を残して

いるが、これなどは清少納言いらい連綿として日本人の遺伝子の中に組み込まれている「

小さなものへの憧憬」の表れであろう。蛇足ながら、この喜多村信節が女性の髪を初めて

タナゴ釣りの道糸に使ったとされる人で、その女性とは親類の女の子の髪で後世、伝えら

れているような艶っぽい話しではないようである。

 最近のタナゴ釣りはというと、若いタナゴ師が増えタナゴ釣りの楽しみ方にも若干の変

化かでてきているように思える・・・・それは、いたずらに釣技とか釣果に左右されるの

ではなく「あそぶ」という感覚か優先した釣りをする人か多い事である。自然との共生を

考えた釣りを心がける必要性は、いまさら言うまでもないが、若くしてこのような考えの

もとに釣りを楽しむ若者が多いといつことは、本人の資質もあるか「物質的な豊かさ」が

もたらした福音ともいえよう。とにかく「腹八分の釣り」がなかなか出来ないでいる年配

の釣り師にとって、若いタナゴ師からマナーも含めて教わることが多い事も事実である。

 さて、タナゴ釣りと粋との関連性について考えると、より小さき釣具へのこだわりと、

投資と苦労に比べて全く割りに合わない釣りに没頭する自分への快感・・・タナゴ釣りの

粋は、そんなところがベースにあるのかもしれないが、これからはソフトも加えたタナゴ

釣りの美学が若い世代の釣り師によって構築されていくのを楽しみにしたいと思う。

 場所は、少し辛めの蕎麦つゆと香りと喉ごしの良さが自慢の裏通りの蕎麦屋

「で、おまえさんは江戸の粋について説明したのかぇ?」

「あぁ、したした。まあ丁寧に説明したつもりだけど」

 女と少し鼻を膨らませた男の間には、焼き味噌のへラと空徳利が二本・・・もり蕎麦を

すすり終えた女は

「無粋なおとこだねえ・・・そういうのを野暮てん、て言うんだよ」

 そういうと帯の間から匂い袋のついた印伝のがまぐちを出すと、ふたり分の勘定には十

分な札を男の前におき

「あんた、今日は家にお帰りよ。急に寒けがしてしょうがないわ」

 引き戸を開けた暖簾のむこうは雪、紫の蛇の自傘を半開きにして女がこばしりに去った

路には二ノ字の下駄の跡が・・・

「くしゅん!いけねぇ、こっちも風邪でもひいたかな」

 おんなとは逆の方向ヘ、肩を落として歩く釣狂人の足跡は、ヤボ・ヤボ・ヤボ・・・・

お後がよろしいようで・・・                      一竿風月

    江戸釣趣 あすか 亭主

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